2人のノーベル平和賞受賞者による宗教の違いを越えた世紀の対談を収めた書籍をご紹介します。
苦しいことは苦しい。ただ、苦しみ方は自分で選べる
今回ご紹介する書籍は、ドキュメンタリー映画『ミッション・ジョイ ~困難な時に幸せを見出す方法~』の原作「よろこびの書 変わりゆく世界のなかで幸せに生きるということ」です。
チベット仏教の最高指導者、ダライ・ラマ法王14世(法名:テンジン・ギャツォ)の80歳の誕生日を祝うために、南アフリカのアパルトヘイト撤廃運動の指導者の一人、デズモンド・ムビロ・ツツ大主教が、インドのダラムサラを訪れ、2人は1週間を共に過ごします。この奇跡的な1週間で交わされた2人の対話には、金言が詰まっています。
宗教関連の書物でしょと思う方もいるかもしれませんが、そうではありません。本書の冒頭「喜びへの招待状」には、2人の連名で以下のように書かれています。
永続する幸せはなんらかのゴールや業績を追いかけることによっては得られません。富や名声の中にも見出せません。私たちの心の中にのみ存在します。(中略)読者は私たちを信じる必要はありません。実際、私たちが述べていることは、信仰の条文などではありません。まったく異なる世界に住む二人の友人が、これまでの長い人生で目撃し、学んできたことを話しているだけなのです。本書に書かれていることが真実かどうかは、ご自分の人生に照らし合わせて判断してください。(pp.7-8)
私の研究ではウェルビーイングが核となる概念なので、あらゆる角度からウェルビーイングがどのように捉えられているのかを調べていました。そうしたなかで出会ったのが、ドキュメンタリー映画『ミッション・ジョイ ~困難な時に幸せを見出す方法~』です。映画には、仲の良い2人の茶目っ気たっぷりなやり取りも多く収められています。この映画については、姉妹サイト【トーキョー女子映画部】で心理学の観点からコラムを書いているので、合わせてお読みいただければ嬉しいです。
トーキョー女子映画部内の記事
心理学から観る映画46:【映画でウェルビーイングを見つける】Vol.3『ミッション・ジョイ 〜困難な時に幸せを見出す方法〜』
この映画の中には金言がたくさんあり、メモが追いつきませんでした(笑)。そこで原作を読みました。本書は数々の金言の理解を深めるのに大変役立ちます。また、2人に同行したダグラス・エイブラムスの視点で解釈が述べられているのも理解の助けになります。
印象に残る対話は数多くあるなかで、例としてイメージしやすい部分を少しご紹介します。
ダライ・ラマはこの対話が行われた時点で56年間、インドのダラムサラで亡命生活を送っていました。中国がチベットに侵攻した後に危機的な情勢に瀕し、亡命を余儀なくされたのです。ツツ大主教はダライ・ラマに、愛する国から長らく追放されるという出来事に遭ってもなぜ悲しんでいないのかと問いました。すると、ダライ・ラマは、「なんらかの悲劇的な状況に陥った際、悲劇を避ける方法がないなら、悩んでも無駄である」(p.45)と、寂天(Shantideva)から教えられたと話しました。
そこでツツ大主教は、人々はそれを理解していながらも心配してしまうと見解を述べます。すると、ダライ・ラマは、同じ出来事を広い視点からみると、自分だけではなく「私たち人類のの兄弟姉妹の多くも苦しんでいることに気づき(中略)心配や私たち自身の苦しみが少し緩和される」と答えました。
ただ、ここで読み違えてはいけません。ダライ・ラマは、他人を見て自分のほうがまだマシだと考えるようにいっているのではありません。ダグラス・エイブラムスの解釈を借りると、「自分の状況を他人のそれと融合させ、自分のアイデンティティを広げ、(中略)苦しみにおいて一人ではないことを見つめる」ことが大事だという意味です。つまり、「私たちは全員つながっているという認識は、共感や思いやりの誕生を意味」します。(pp.46-47)
本書には、苦しみから逃げたり、心に蓋をするのではない方法が書かれてあります。そして、生きていくなかで“喜び”が何をもたらすのかが示されています。同じところを時間をおいてまた読み返すと、新たな発見があります。
もともと本書に出会った時、1つの大きな問いが浮かびました。なぜ“幸福”ではなく“喜び”に焦点を当てているのかという問いです。以下に、現時点での私なりの答えを述べます。何を“幸福”と呼ぶのかは大変難しく、自分が幸せかどうかがわからないために、多くの人は他人を物差しにしてしまう。けれど、喜びは自分が喜べば、それは喜びであると認識できます。喜びは自分で生み出せる=自分の中にある、そうして生きていれば持続的な幸せに繋がっていくということだと私は受け取りました。ウェルビーイングというと、あまりに広い概念で、実現が遠く感じるものの、“喜び”であれば、すぐにでも生み出せます。そんな貴重な知恵をいただける一冊です。
ダライ・ラマ、デズモンド・ツツ、ダグラス・エイブラムス(2018)菅靖彦(訳)よろこびの書 変わりゆく世界のなかで幸せに生きるということ. 河出書房新社
ミッション・ジョイ ~困難な時に幸せを見出す方法~
ユナイテッドピープル
監督:ルイ・シホヨス
出演:ダライ・ラマ14世/デズモンド・ツツ
公式サイト
TEXT by 武内三穂
本が並ぶイメージ画像 by Hermann Traub from Pixabay


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